『朝倉彫塑館(あさくらちょうそかん)』バックヤードツアーレポート

朝倉彫塑館バックヤードツアー

以前にもご紹介しました「朝倉彫塑館」。東洋のロダンとも言われた朝倉文夫が住居兼アトリエとして使用したこの建物は、国の有形文化財としてまた敷地全体は国の名勝に指定されています。一般公開は建物内のごく一部ですが、今回バックヤードツアーに参加し特別に朝倉彫塑館の地下室と中庭に入ることができました。ツアーは事前申込みが必要ですが参加費は無料(別途入館料要)。規模は最大人数5名、所要時間は10分程度という小さなものでしたが、その見応えは十分でした。

朝9時20分、表門前に集合。普段は作品展示もされているアトリエ部分から入場しますが、今回は非公開とされている住居部分の勝手口へと案内されツアーがスタートしました。

ツアーは非公開の勝手口から入場

ツアーは非公開の勝手口から入場

前回の記事

『朝倉彫塑館』彫塑家・朝倉文夫の住居兼アトリエの美術館
「谷根千(やねせん)」こと谷中・根津・千駄木は台東区と文京区の境目付近に位置し、神社仏閣をはじめ谷中銀座商店街など、情緒あふれるその風景は下町散策にもってこいのエリアです。また谷根千は愛猫家にも人気で、実際に猫と触れ合えるだけでなく周辺の店舗には愛らしい猫グッズが多く見受けられます。 そんな谷根千散策の折り、ぜひ立ち寄っていただきたい美術館が「朝倉彫塑館(あさくらちょうそかん)」。実はここも隠れた猫スポットなのです。

ツアーの前に知っておきたい!
独自の建築様式「アサクリック」

朝倉は木造の数寄屋造りを大変好んでいたため、住居部分は想いの通りシンプルな和風建築となっています。
アトリエは作品制作用に電動昇降台装置を導入したため強度の高い鉄筋コンクリートに、また防水のためコールタールを塗ったことで現在も見て取れる「黒い建物」となりました。住居とアトリエは建物内で繋がっており、この異なる2つの素材が使われた繋ぎ目部分は雨漏りがひどく、近年重点的に修復されたそうです。壁には煙突の役割を果たすパイプが設けられ、地下室やアトリエからの換気の役割がされています。これら様々な国の建築様式を拝借することを「アサクリック(自身の造語)」と朝倉は呼んでいました。

建築様式「アサクリック」

建築様式「アサクリック」

煙突のあとは屋上庭園からも確認できます

煙突のあとは屋上庭園からも確認できます

朝倉彫塑館「地下室」その役割

アトリエ内にある地下室への扉は敷地内にひっそりとありました。薄暗い階段(ひと一人通れるのがやっと)を降りていくとそこには大きな石炭ストーブと何故か井戸が。空間自体は狭く配管も多いため学芸員(2名)とツアーの参加者だけで埋まりました。ここが戦慄迷宮なら即リタイアです(何)。
石炭ストーブは、アトリエ全体の空調(暖房)システムを担ってたようです。当時はストーブを使用しても冷え込みは過酷で、冬の間は彫塑制作は止めて執筆活動などを行ってたそうです。

井戸については朝倉が所有することを切望し増改築を進める際、この井戸がある土地を買い取ったそうです。随筆『我家吾家物譚(がやがやものがたり)』の中には「そして私は井戸を愛した。水を愛した。」とあり、そのこだわりを知ることができます。
地下深く水も確保されている地下室はもしかすると空襲の際に防空壕としても利用された可能性があるということでした。一般的に井戸は深さ50~60mくらいあるのですが、こちらは13~14mと浅めにも関わらず、これまで一度も枯れたことはないそうです。

日本美術の水準を上げた「電動昇降台」

ツアーはさらに階段を降り、下層階へ向かいます。そこは「電動昇降台」の機構部分で、昇降台深さは7.3m。円形の部屋はツアー参加者が入ると部屋の半分が埋まるほどの広さです。室内には操作用のボックスが壁に設置されており、機構はモーターと数少ない歯車が見受けられ、上に伸びたポールには歯車を噛み合わせるための溝が螺旋状に巻き付けられています。昇降台についた歯車がポールの溝を伝うことでゆっくり上下するシステムになっています。

朝倉は大きい作品を作る際に足場を登り、降りて全体を確認する作業は効率が悪く体力も精神も消耗しよい作品が作れなくなってしまうという理由(我家吾家物譚より)で「電動昇降台」を導入しました。日本で初めて導入されたこの機械はこの後、利便性が評価され日本美術の水準を向上させました。

それからアトリエ設備に最も工夫を要したのは、老ゆるとも益々盛んなりといってみたいが、大きな丈の高い彫刻をやるには足場の上にのっかってやる。観察するときにはのそりのそりと下りて来る。又のっかる又降りる、そんな仕方を繰り返して体が疲るれば頭も疲れる、そんないたいたしいいことは真っ平だから、これは一つ機械装置によって制作の方を上げ下げして自由自在にこさえられるようにやろう。

出典:朝倉文夫「我家吾家物譚(がやがやものがたり)」ー改築設計概要ー

今回残念ながら昇降台には蓋がされ、動作を確認することはできませんでしたが、9月には実際に可動させる企画も予定されているそうです。現在(2017年2月)蓋の上には小村寿太郎の像が配置されていますのでアトリエ内でも確認できますよ。

朝倉文夫の想いが詰まった「哲学の庭」

地下室を出たあとツアー最後に訪れたのは中庭でした。普段中庭は建物内からしか見ることができませんが、今回は中庭への立入が許可されました。中庭は5つの大きな石、植物、そして豊な水で構成されており、鯉が泳ぎます。筆者が参加したこの日は庭では白梅が綻びはじめてました。

中庭は現在修繕工事中です(屋上より撮影)

中庭は現在修繕工事中です(屋上より撮影)

朝倉本人の記述として残ってはいないのですが、「五典の庭」と呼ばれ朝倉の哲学が盛り込まれています。庭に配置された5つ大きな石は人生の反省を託した「仁・義・礼・智・信」を象徴します。

  • 仁も過ぎれば弱(じゃく)となる
  • 義も過ぎれば頑(かたくな)となる
  • 礼も過ぎれば諂(へつらい)となる
  • 智も過ぎれば詐(いつわり)となる
  • 信も過ぎれば損(そん)となる

人間はその生き方に狂いを生ずると迷いもまた多くなりものの本質を見極めにくくなることを意味します。
植物は白梅や山茶花(さざんか)の白い花が占める中、一つだけ百日紅の紅が配置されており朝倉の美意識もうかがえます。

朝倉彫塑館の撮影スポット

朝倉彫塑館屋上庭園

朝倉彫塑館屋上庭園

バックヤードツアーは中庭の見学で終了となりましたが、その後も一般向けの作品展示室を鑑賞することができます。館内は撮影禁止ですが、学芸員の方が屋上庭園は撮影が可能ということを教えてくださいました。屋上庭園はオリーブの木があり、野菜や花が育っています。朝倉はここで多くの植物を育てていたようです。土が浅いため大根は曲がって育ったというエピソードも残っています。この屋上庭園は中庭と同じく日本の名勝に指定されていて、スカイツリーや寺町谷中を一望でき、眺望は素晴らしいものです。下町の風景を写真に収めるにはおススメの場所ですよ。

今回バックヤードに参加させていただき、建物の構造や朝倉の哲学的な面をいろいろと勉強させていただきました。その後で作品展示を見て回ると彼の強い想いを改めて感じることができました。実は作品や建物内には隠れミッキーならぬ隠れ朝倉哲学が散りばめられているかもしれませんね。

朝倉彫塑館 / 基本情報

場所:東京都台東区谷中7丁目18番10号【地図
開館時間:午前9時30分~午後4時30分 (入館は午後4時まで)
休館日:月・木曜日(祝日と重なる場合は翌日)、年末年始、展示替え等のため臨時休館することがございます
※靴を貸し出しの袋に入れて入館となります。履き脱ぎしやすい靴をおススメします。スリッパなど施設の安全上用意はないので汚れが気になる方は替えの靴下を忘れずに持参しましょう。

観覧料
当日券 団体券
一般 500円 300円
小・中・高校生 250円 150円
年間パスポート 1,000円

台東区立朝倉彫塑館公式サイト
http://www.taitocity.net/zaidan/asakura/